トピックス

包括的項目(複数の身体部位や動作相を含む指導項目)

1.『投球全般における上半身の使い方に関するカテゴリー(上体全般)』

 「上体の使い方が良い(悪い/硬い)」に代表される、体幹と腕の動作に関する項目。「上体の動きは良いが、下半身の動きが…」と下半身の動きと対比して表現されることも多い。

 投球腕の動きは、小学生期に既に大人とほぼ同様の動作パターンが可能となる。逆に言うと、腕の動きは小学生の中学年から高学年にかけて洗練させておいた方が良い、と私は考えている。その理由として2つの点が挙げられる。一つは、筋力の需要と筋力の発達の関係である。上述したように下半身との対比で示されるのは、小中学生や高校生の前半では筋力の発達が十分ではなく、大きな力を要する下半身の機能を十分に発揮するには、生理的に無理があることが背景にある。一方で、投球腕の肘の伸展にはほとんど筋力(上腕三頭筋の収縮)は必要ないことが知られており、筋力のない状況でも腕は振れるという事実がある。二つめは、神経系の制御と発達の問題である。投球腕の動きは高速のために、意識して修正することは極めて難しく、主に小脳の働きによるフィードフォワード制御によって遂行されていると考えるべきである。そして、神経系の発達の著しい小学生期に大人と異なるフィードフォワード制御の動作を身に付けてしまっては、逆に高校生以上になってからそれを修正することはかなりの時間を要するものと考えられる。

 しかしながら、整形外科医やトレーナーの中には、第2次性徴期前に大人と同様の動作パターンを身に付けさせると、投球時の負担が大きくなってしまい、投球障害に陥る可能性が高くなると懸念する声もある。その考え方を全く否定するつもりはないが、運動学の観点からすると、熟練投手が身に付けた投球動作のエッセンスは、低リスク高パフォーマンスの可能性が高いと考えるのが妥当である。我々のシミュレーション研究では、プロ野球の投手は、低リスク高パフォーマンスになるような動作パターンで投球している可能性が極めて高いことが示唆されている。

 以上のことを総合的に考えると、大人と同様の動作パターンが高リスクになるのではなく、そのような動作パターンが高パフォーマンスを生み、その高パフォーマンスに頼る指導者が、投げ過ぎ(試合での連投等を含む)を強要したり、あるいは強要せずとも投げ過ぎを許すことが、投球障害を引き起こす大きな要因になっていると考えるのが妥当だと考えている。

 また、投球腕のみならず、グラブ腕の使い方や体幹の回転とのバランス(動作のタイミング)も、このカテゴリーに含まれる重要な着眼点である。つまり、グラブ腕の畳み込みと体幹の動きとのタイミングの良し悪しが投球パフォーマンスの決定要因の一つとと考えるべきである。タイミングに関しては、言葉では十分に説明しえないが、最も多い欠点は、グラブ腕の役割を十分に理解せずに使いきれていないことである。このグラブ腕の使い方に関しては、今後の特定項目の説明の際に詳しく説明することにする。

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2.『投球全般における両腕の使い方に関するカテゴリー(両腕全般)』

 「両腕の使い方が悪い」、「両腕のバランスがとれてない」などに代表される、両腕の動きのコーディネーションに関する項目。
 このコーディネーションがうまくいっているかどうか判断するポイントは、3つあると考えている。1つは、バランスポジション(軸足1本で立ち、振り上げ脚の膝を高く上げた姿勢)での両手の位置。2つめは、そこから、所謂、“割れ”と呼ばれる四肢を広げる動作。3つめは、“割れ”が終わり、グラブ腕を畳み込み際の動作。それぞれについては、特定項目の『45.両手基点』、『47.割れ動作』、『41.グラブ腕畳込』での説明に譲るが、この3つのうちの最初の両手基点のバランスを欠くと、それ以降の両腕の動きに連鎖的に影響が出ることを複数の解説者が指摘している。
 人間の動きには、生来持っている“動きやすい”協調運動が存在し、両腕を回転運動させるときなどには、同相が最も実行しやすく、その次に逆位相が実行しやすいことが知られている。また、連合反応や鏡像運動といった一側の運動が対側の運動を誘発する、あるいは促進するといった現象も知られている。これらのことを総合的に考えると、両腕をバランスよく動かすことは、神経系に余計な負担をかけないことにつながるとともに、投球腕の“振り”の速さに繋がると考えられる。

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3.『柔らかな動きなどの投球腕の使い方全般に関するカテゴリー(投球腕全般)』

 「投球腕の動き(使い方)が柔らかい/硬い)」、「 投球腕が振れている/腕を振れない」などに代表される、両腕の動きのコーディネーションに関する項目。
 良い投手の腕は、ムチのようにしなってみえるものである。しかし、実際には腕で曲がる部分は、肩関節、肘関節、手関節だけであり、その間にある身体部位には硬い骨があるためにそこがしなることはほとんどあり得ない。にもかかわらず、しなってみえるのは、腕の動きのパターン(曲がったり伸びたりするタイミング)が、そう見せているのである。そして、そのようなパターンの時には、下肢や体幹で生成された運動エネルギーが体幹から上腕へ、上腕から前腕へ、前腕から手部へ、そして手部からボールへと順に流れ込んでいることが知られている。このエネルギーの流れを淀みなく進めるのが投球腕の役割なのである。ムチには筋肉がついていない。しかし、グリップ部で発生させたエネルギーを無駄なく伝達することで、ムチの先端は大きな速度となるのである。腕の力は脚や体幹の力には敵わない。グリップ部に当たる下肢や体幹で大きな力を発生させ、投球腕はその力を無駄なく伝達させた方が軽く速いボールを投げられるようになるのだ。

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4.グラブ側の腕の使い方全般に関するカテゴリー(グラブ腕全般)

 「グラブ腕の動き(使い方)が良い/悪い/使えてない」などに代表される、グラブ側の腕の動きに関する項目。バランスポジション(軸足1本で立ち、振り上げ脚の膝を高く上げた姿勢)からボールリリースまでのグラブ側の腕の動きは、大きく分けて2つのフェイズ(振り上げ相と畳み込み相)に分けられる。グラブ腕の振り上げは、利き腕と協調させながら慣性モーメントを大きくすることによって、投球速度の増大のための準備を行うことや、前腕の回内や肘の屈曲および肩の水平内外転の程度によって、肩の早い段階での“開き”を抑えるとともに、制球するための照準設定となるなど、畳み込み相の準備機能の役割を担っている。また、畳み込みは大きくした慣性モーメントを小さくすることやグラブ腕の動きの力を肩関節を通じて伝達することによって体幹の回転速度を力学的に増加させる役割や、大胸筋を使って内転あるいは水平内転運動を行うことにより、“開き”を抑え、制球を安定させる役割を有していると考えられている。詳細については、「グラブ腕の上げ方」や「“畳み込み”に関するグラブ腕の使い方」にて説明する。
 グラブ側の腕の動きが体幹の運動に与える影響についての実証研究として,グラブ腕を使えないように、ラバーバンドで体幹に括り付けて投球する動作制限法を用いて調査したIshida and Hirano et al. (2004)の研究によれば,体幹の最大回旋角速度は通常の投球と有意に変わらなかったものの,振り上げ足の着地時に,胸郭部が有意に開いた姿勢となり,骨盤部との捻転角度(体幹捻転角度)が有意に減少したこと,肩の最大外旋角度が小さく、また時間的に早くなったこと、体幹の回転速度に差はなかったものの肩の内旋速度や肘の伸展速度が小さくなり、結果的に投球速度も低下したことなどを明らかにしている。一方,動作に制限を加えない映像分析法で調査したHong et al.(2001)の研究では,被験者3名のうち2名では非常に限定的な力が作用したものの残りの1名では明らかなパターンは認められなかったことを報告している.前者の研究では,動作制限によってバランス維持のために動作に変化が生じた可能性を否定できないこと,後者の研究では被験者数が少な過ぎることが問題であり,実際にどの程度の影響があるかに関しては,今後の研究を持つ必要がある.

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5.投球全般における腰や下肢の使い方に関するカテゴリー(下体全般)

 「下半身の動き(使い方)が良い/悪い、粘りがある/淡泊」あるいは「下半身を使っていない」に代表される、主にバランスポジション以降の下肢の使い方や腰の動きに関する項目。
 粘りや淡泊という主観的な表現も多用され、経験の浅い選手や指導者にとっては理解し難い項目の一つである。この項目には軸足や踏み出し足あるいは腰部に関連する多くの特定項目が含まれると考えられる。詳細は、個々の特定項目の説明に譲るが、下肢の使い方に重量感あるいは力量感があるかどうか、という目に見えない力の入れ方も判断基準の一つとなっているようである。軸足への加重、踏み出し足への加重、大腿の内転筋群を使った股関節の力強い内転運動を伴う腰部の回転、踏み出し足の膝の屈曲と伸展運動、これら1つ1つとそれらが組み合わさった総合的な運動の結果として表出された重量感や力量感を感じとる観識眼が要求される。

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6.投球動作全般にわたる協調性に関するカテゴリー(全身調和)

 このカテゴリーは、投球動作全体のバランスに関わる項目で、「全体的にバランスが良い/まとまっている/癖がない」など、肯定的な意見の多い項目である。一方、否定的な意見としては、「全体のバランスが崩れている/上(半身)と下(半身)の動きが合ってない」、などが挙げられる。
 上半身と下半身の動きのタイミングは、下肢や腰で生成した大きなエネルギーを体幹へ、そしてさらには体幹から上肢に流し込むのに重要な役割を果たしていると考えられ、このタイミングの良し悪しは、投球パフォーマンス(投球速度や制球力)や投球障害に少なからず影響を及ぼすものと思われる。

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7.全身の水平面における動きに関するカテゴリー(外回り系)

 特に、腰の動きや四肢の使い方に特徴的に現れる項目で、“外回り”という表現あるいは「ドアスイングのような」という表現で表される。つまり、腰や体幹の回旋時に、着地した踏み出し足またはその股関節を回転中心にして、投球側がその外側を回るような動作である。このような動きになると、慣性モーメント(回転しにくさの物理的指標)が大きくなり、回転が鈍くなってしまう、あるいは々回転速度を得るために大きな筋力を要することになる。また、腕や脚も回転時にはできるだけ回転軸となる身体中心に近い方が、慣性モーメントは小さくなるために、グラブ腕を畳み込む動作や軸脚を外に流さないような動作が推奨される。

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8.投球全般における上半身主体の動きに関するカテゴリー(手投げ)

 これは、所謂、“手投げ”と称される上半身主体の投球のことである。通常、上半身の動き自体は悪くなく、下半身の使い方が十分でないために指摘される表現である。特に、ステップ幅が小さい場合に指摘される場合が多い。
 後述する“野手投げ”と混同して使っている人も多いが、多くの熟練指導者は両者を区別して使っている。すなわち、“手投げ”は欠陥動作の一つであるが、“野手投げ”は投手としてはコンパクトな投球動作であるが、必ずしも欠陥動作とは言えない動作のことを指している。

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9.投球動作途中で投法変更を感じさせる動きに関するカテゴリー(中途変更)

 投球動作途中に、体幹などの動きが別の投法のような動きになっていることは、珍しいことではない。たとえば、「着地直前までサイドスローなのに,その後にオーバースローで投げている」、「テイクバックはオーバースローなのに,その後にサイドになっている」のような動作であり、経験の浅い投手にはよくあることである。打者のタイミングを狂わせようとして意図的に行っている場合には別として、このような“無駄な”動きは、制球を不安定にしたり、投球障害の原因となったりすると考えられているので、できるだけ避けるべきであろう。

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10.投球全般におけるコンパクトな動きに関するカテゴリー(野手投げ)

 8の「手投げカテゴリー」でも述べたように、このカテゴリーと“手投げ”を混同している人は少なくない。しかし、このカテゴリーは、投手としてはフォームが小さくシンプルなだけであって、必ずしも欠陥動作というわけではない。逆に、フォームが小さいがためにテンポが早く、打者にとっては打ちにくい場合もある。
 しかしながら、現在のところ、どの程度フォームが小さくなると“野手投げ”の範疇に入るかの判断基準は、極めて主観的である。

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11.体重移動の方向に関するカテゴリー(重心偏移)

 ストライド期からボールリリースまでの体重移動の方向に関連する項目。「体重移動の方向がインステップ方向なので…」や「重心がオープンステップ側に移動しているので…」のような表現で表されるが、ここでの体重や重心は、足圧中心や正確な意味での重心の移動ではなく腰部の中心部を想定している。
 軸足と踏み出し足の下に床反力計を設置することによって、投球動作中の地面反力を計測したMacWillims et al.(1998)や島田ら(2000)の研究では、左右方向への反力は無視できるぐらいに小さく、大学生レベルになると、投球方向にほぼ真っ直ぐに体重移動していることがわかる。一方、少年野球の選手の多くは、視認できるレベルでインステップ方向に体重移動をしている。

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12.重心の高さに関するカテゴリー(重心高)

 11は前額面(左右方向)の重心の移動に関するカテゴリーであったが、このカテゴリーは、「バランスポジション時に重心位置が高くて良い」、「重心の上下動が少ないのはいい」、あるいは「バランスポジションから前に出る際に重心の沈み込みがない」、「ステップの際に重心が浮き上がる」など重心の垂直方向の移動に関連するカテゴリーである。ここでも、正確な意味での重心ではなく、腰部の中心部を想定しているため、軸脚や踏む出し脚の膝関節の屈曲や伸展運動の結果として生じる、身体全体の印象を表した表現といえる。

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13.投球動作全般にわたる力みに関するカテゴリー(リラックス)

 このカテゴリーの肯定的な意見は、「力まずリラックスできている」というもので、否定的な意見は、「力んでいる」、「力任せに投げている」などが挙げられる。投球動作では、下半身や体幹で生成したエネルギーを、如何に能率よく上肢に伝達するかが、鍵となる。投球時の上肢の大きな役割は、“ムチ動作”に喩えられるように、エネルギーをうまくボールに伝達にすることにあるが、“力む”ことによってこの機能が損なわれる。“力み”の典型例は、肩に力が入ることであり、これは主に僧帽筋に不要な収縮が生じ、肩甲骨の滑らかな動きが阻害されることを意味する。そして、深呼吸によって気持ちを落ち着かせるのが常套手段であるが、この深呼吸は単に気持ちを落ち着かせるという心理的な作用だけではなく、呼気時に挙上した肩甲骨が下制しやすい状態を作るという生理学的な意味も持っている。したがって、緊張した際に深呼吸をする際には、肩あるいは肩甲骨を下に抑えるような意識を持って行うと、緊張で動きが硬くなることを少しは緩和できると思われる。

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14.投球動作のリズムやタイミングに関するカテゴリー(リズム)

 熟練指導者の多くは、投球動作のリズムにメリハリをつけることを望んでいる。通常、好まれるリズムを端的に表すと、「クイック、スロー、クイック」というパターンで、振り上げ足をスッと上げ(クイック)、ステップに長い時間をかけ(スロー)、着地後には素早く体幹を回転させる(クイック)パターンである。ステップ時の「スロー」に時間をかけることによって打者のタイミングを外せると信じられている。逆に、「スロー」がない投手は、「1,2,3」の単純なテンポで投げているために、タイミングを合わされやすいと考えられている。

15.主に振り上げ期や加速期における視線方向(視線方向)

 「キャッチャーから目を逸らすな」、「ミットに穴をあける位のつもりでしっかり見ろ」。投手が指導者からよく注意される言葉の一つである。通常、目を逸らすタイミングは、足を上げる際とリリース後の2カ所ある。まず、最初の段階でミットをみる必要性は、目標の位置把握はもちろんのことであるが、投球軌道のイメージ化という点にもある。どのような軌道でどこに投げるのかを明白にイメージして投げることが、制球力の向上だけではなく、良い投球動作作りに必要なのである。また、バランスの維持という面でも重要な役割を果たしている。さらに、バランスポジション(片脚立位時:連続写真図の③)付近で、両目でミットを見ることによって、上体の過度の逆捻りを抑える役割も備える。一方、デメリットとして、注視することを意識し過ぎて、顎や顔を突き出したり、肩に力が入ったりという形で、フォームを崩しやすくなるという点が挙げられる。
 元プロ野球投手150名へのアンケート結果では、約半数が目を逸らさずに見ることに賛成し、残りの半数はそれに反対あるいは投手次第という回答であった。また、おもしろいことにプロでの投手経験が長いほど、あるいは指導経験がある人ほど、賛成の割合が減り、投手次第という回答が多かった。この傾向は、中学校や高校の指導者では見られなかったが、中学校の指導者では、賛成が7割近くになり、高校指導者やプロ経験者に比べて、かなり多かった。
 これらのことを考え合わせると、若い投手ではイメージ化が弱かったり、バランス能力に欠けるために、見ることの機能を十分に果たすように心掛ける必要があると考えられる。そして、それらが十分に機能するようになった段階で、自分の投球リズムに合うように、目を逸らすことも許容される。
 次に、リリース後に視線を外すことについてであるが、これは絶対に避けなければならない。速いボールを投げようとして、頭を振ることがその原因であるが、どんな理由や利点があるにせよ、ピッチャーライナーへの対応を最優先させなければ、重篤な怪我に陥る危険性がある。確率としては極めて低いかもしれないが、この危険性を極力減らすために、リリース後にはインパクト付近を見ておく必要がある。

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16.主にストライド期や加速期における頭部の向きや動作(頭部動作)

 主にストライド期や加速期における頭部の向きや動作(頭部動作)  悪癖として知られる頭部動作の典型が、ストライドの後半から加速期にかけて生じる頭部の後屈である。つまり、顎が上がった状態である。特に、小中学生やレベルのあまり高くない選手に見られる。この後屈が生じる原因には大きく2つある。一つは、ストライドの方向性。項目20のBP捻転や51の軸足固定の項でも触れているが、バランスポジション時に体幹を捻り過ぎたり、あるいはそれによって軸足の踵がズレたりすることで、無意識にインステップになる選手は少なくない。下肢はインステップしているが、意識は真っ直ぐに前に出ようとしているために、眼の位置を投球方向に保とうすることによって、頭部が後屈してしまうのだ。
 もう一つの原因は、胸の張り方とグラブ腕の肩関節の使い方(肘の動かし方)に起因する後屈。速いボールを投げようとして胸を大きく張る。これ自体は悪いことではないのだが、その際にグラブ腕の肘を後方に引き過ぎること(過度の肩関節水平外転)で頸部から背部にかけて筋緊張が生まれる。それを和らげるため、あるいはさらに大きく肘を引くために、頭部を後屈してしまうのである。
 どんな原因があるにせよ、地面から最も遠い所に体重の約7%の重さの頭部があるために、バランス維持に重要な役割を果たしたり、重大な影響を与えたりする。ストライド期の頭部後屈によって、バランスは崩れ、体幹の回転や腕の動きは、バランス保持のために不要な動きをとる必要が生じてしまう。所謂、「外回り」と呼ばれる、体軸から遠い位置で腕を振ってしまう現象は、この典型例であろう。頭部はできるだけ体幹と真っ直ぐになるように維持するよう心がけるべきである。

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17.振りかぶる際の胸部の張り(胸部ストレッチ)

 元プロ野球選手へのインタビューから出た意見である。ワインドアップ投法をする際、通常はグラブの中にボールを持った手を隠し、軽く脇を締めながら、頭上に振りかぶる。この振りかぶる際に、単に手を上げるのではなく、肩甲骨の可動域を拡げるように意識することで、その後の肩甲骨の動きが良くなるということである。残念ながら、現況では、投球中の肩甲骨の動きを全可動域で正確に計測することは不可能であるために、その真偽については実証できていない。しかし、そのような意識を持って投球することでマイナスになる要素はあまり考えられないので、試して見る価値は十分にあろう。

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18.主に振り上げ期から着地までの体幹のブレ(体幹のブレ)

 振り上げ足を上げ始めてから着地するまでに、バランスを崩し、あるいは崩しかけて体幹が動いてしまう現象や体幹を回転させる際の『軸がぶれる』様子。前者は、ジュニア期に結構な確率で目にする。原因は、筋力不足やバランス能力の未発達の部分もあるが、振り上げ足の上げ方が問題である場合が少なくない。振り上げ足の上げ方に関しては、46「腕の振り下ろしと脚の振り上げ」の項で、詳しく説明するが、簡単に言えば、足の上げる方向が悪いために、バランスを崩すのである。バランスが悪い選手には「膝を真上に上げるつもり」で上げさせるとともに、「軸足でしっかり踏ん張る」ことをセットで行わせると良いだろう。
 後者の『軸がぶれる』というのは、体幹を素早く回転させる際に、回転の前半と後半で回転軸の方向が大きく変わってしまうような投げ方のことを指す。所謂、「肩に力が入る」ことで頭がぶれ、それによって『軸がぶれる』ことにつながる場合が多い。また、着地まではサイドスローかアンダースローのように体幹を前傾させているのに、着地後には体幹を起こし、オーバースローになる、という投げ方も少なからず目にするが、このようなケースも軸がぶれやすい原因となる。

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19.主に振り上げ期から肩関節最大外旋位までの体幹の後傾(体幹後傾)

 プロ野球の投手にも見られる動作であるが、多くの熟練指導者はこの動作を悪癖の1つと考えている。所謂、「後ろに反っている」、「反り返って投げている」などと表現されることが多い。着地後の胸を張ろうとする時期に(人によっては着地前の場合もある)、背筋群を収縮することにより、胸を張るだけではなく体幹の背屈運動が生じてしまう現象である。また、レベルの低い段階では、足を振り上げた際の反動で後ろに反ってしまったり、足を上げる際に股関節の柔軟性が不足しているために体幹が反ってしまうケースもある。さらに、バランス・ポジション時(振り上げ足を上げた片脚立位時)の頭や視線の方向が影響を与えている可能性を指摘する声もある。すなわち、この時期に身体を逆方向に捻り過ぎることによって、的となる捕手のミットを両目で見難くなり、頭を傾けて見ようとする。片脚立位のバランスの悪い時期に、重い頭を後方に倒すことにより、体幹も後ろに倒れ気味になってしまう。
 一方、着地前後の体幹後傾は、その後に過度の体幹の側屈に繋がりやすい。後傾したまま体幹を回転することによって、側屈が大きくなってしまうのである。このような体幹後傾→体幹側屈の負の運動連鎖は、体幹の前屈不足にも繋がりやすく、ボールを前で(捕手側で)リリースできなくしてしまう。このことは、ボールの加速に必要な距離を十分に確保できなくなることを意味する。
 この体幹後傾を矯正する方法としては、片脚立位から着地までに、腹筋の収縮を意識することが1つの方法である。前述したように、力強い投球をするためには、一旦、背筋を収縮するとともに両肩甲骨の内転運動(肩甲骨を背骨に近づける運動)を行うことによって、『胸の張り』を作る必要がある。この際に、腹筋とのバランスが悪いと、後傾してしまうのである。背筋群の収縮は、無意識に行われるが、腹筋群の収縮が無意識では不足している状態であるために、無意識にできるまでは、意識的に収縮してやるのである。腹筋を収縮させながら、『胸の張り』で胸郭を広げる身体操作が必要となる。別の方法としては、片脚立位時から着地までに後傾した場合に、コーチが棒か何かで軽く背中を叩いてやる方法がある。また、コーディネーション・トレーニングとして、ダンスのレッスンで行われる胸や腰を単独で別々に動かすセパレーションという身体操作法も有効であろう。
 いずれにせよ、体幹を1枚として捉えるのではなく、腰部と胸部とに分離して考える意識付けが必要であろう。それができなければ、23「体幹捻戻」や25「体幹撓り」も十分なものにはならない。

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20.バランスポジション付近の体幹の捻転(BP捻転)

 15の「視線方向」の項目で、視線をミットから逸らさない方が良いことの理由の一つに、バランスポジション(片脚立位時:連続写真図の③)付近で、両目でミットを見ることによって、上体の過度の逆捻りを抑える役割があることを述べた。バランスポジション時に上体を捻ることは良くないことなのだろうか?この点について、考えてみたい。
 まず、上体を捻ることのメリットは、体幹の筋肉群をストレッチすることによって、その後に素早い筋収縮を導き(ストレッチ・ショートニング・サイクル)、結果的に投球時に鋭く体幹を捻転させ、ボールスピードの向上に貢献する。
 一方、デメリットは、視線が外れたり、バランスを崩しやすくなり、コントロールが悪化する可能性がある。また、上体を捻り過ぎると、バランスポジション付近で踵がズレてしまい、軸脚の膝が外を向いてしまう現象もよくあり、捻ったことの利点が失われてしまうこともある。この踵のズレと膝の向きの2つの項目は、元プロ投手や中学・高校指導者へのアンケート調査で、75%~97%が絶対に避けるべき、として挙げている。逆側へ体幹の捻りを大きくするよりも、この2つの事項の機能を損なわないように気を付けるべきであろう。
 さらに、上体を捻り過ぎることによって、着地時までに戻しきれずにインステップとなり、それが肩の開きを早める、という悪い投球動作の連鎖へと繋がるケースも少なくない。
 投手毎に、ボールスピード、コントロール、そして脚筋力やバランス能力などを考慮して、総合的に判断すべきものと思われる。

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21.主にバランスポジションからストライド期前半にかけて“軸脚股関節へ乗る”動作(骨盤押傾)

 投手には、軸脚股関節に“乗る”感覚をつかんで欲しい。連続写真図の③あるいは③から④の前半部分から得られる感覚だ。この感覚をつかむと、“頭から突っ込む”ような姿勢はなくなり、自然にヒップファーストの“くの字”姿勢のようになる。軸足にしっかりと加重し続けると、加重した側に多少なりとも体幹が傾き、結果として“くの字”姿勢が発現することになる。
 軸足に加重しながら投球方向に移動するには、この“くの字”姿勢をとり、振り上げ足を軸足方向に持ってくることによって,重心位置を軸足側に近づけてバランスを維持する局面が必要となる(連続写真図③、④)。この動作で、腰部は投球とは逆側へ捻転することになる。したがって、長い時間にわたって軸足に加重することは、この腰部の逆捻転をできるだけ維持することに繋がり、逆に、加重が不足すると逆捻転を維持できずに解放する機会を与える。つまり、腰や肩が早いタイミングで開いてしまうことになる。
 軸足への加重が不足し、腰や肩の開きが早くなってしまうと、踏出足への加重も不足しがちになる。早い時期から腰を回してしまったために、前への体重移動が十分にできなくなるからだ。
 このように、軸足への加重が不足することは、投球速度を上げたり、打者からボールが見やすくなるなどの投手として致命的な欠陥に陥ることになる。しかし、軸足への加重を意識し過ぎると、極端な“くの字”となり、投球側の肩が下がり過ぎるデメリットも生じる。コントロールのことを考えると、しっかりと加重しても、投球側の腰や肩が下がらないような身体の使い方が要求される。

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22.ストライド期の“くの字”姿勢などの前額面での体幹の姿勢(くの字姿勢)

 21の「“軸脚股関節へ乗る”動作」の項で説明したが、“くの字”姿勢は加重の結果として現われるものであり、形だけを真似するものではいけない。また、軸足にしっかりと乗った結果、強い“くの字”姿勢が出てしまった場合などは、安易にそれを修正するべきではなく、軸足への加重が軽減されないように気を付けながら、体幹の使い方を変えるべきであろう。
 ステップ中に投球側の腰や肩が下がっていると、そこからボールリリースまでの体幹の前屈・側屈の可動範囲を大きくする必要があり、相応の筋力が必要となる。それを可能とする十分な筋力があれば、スピードのある投球が可能となろう。一方で、可動範囲を大きくしなければならない分、体幹のブレも大きくなる可能性があり、コントロールが定まらなくなる危険性も孕んでいる。
 コントロールを重視する指導者の中には、“くの字”姿勢を取らず、体幹を常に真っ直ぐに立てたまま投球すべきだという考え方を持っている人も少なくない。元プロ野球投手や中学・高校へのアンケート調査では、約4割が“くの字”賛成派で約4割が“真っ直ぐに立つ”賛成派、残りの2割が投手次第という結果であった。興味深いのは、元プロであれ、中学・高校の指導者であれ、投手経験が多いほど、“真っ直ぐに立つ”ことに反対する割合が増え、“くの字”賛成派の割合が」増加することである。投手経験を持つ人ほど、ボールスピードにこだわりを持つ人が多い所為だろうか?あるいは、“くの字”姿勢が軸足に加重の結果として生じることを感じていた所為だろうか?

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23.ストライド期からの着地にかけての体幹の捻転とその戻し(体幹捻戻)

 ストライド期における腰部と胸部の捻転量の過不足を表す。「体幹の捻りが不十分」、「体幹が一枚板のように一緒に回転している」、「腰も肩も一緒に出てくる」などのように表現される。オーソドックスなオーバーハンド投法やスリークォーター・ハンド投法では、バランスポジション時(振り上げ足を上げた片脚立位時)には胸部よりも腰部の方が大きな逆捻りの状態にあり、それがステップ中に腰部が胸部を追い越すという現象が生じる。つまり、ステップ中には、胸部はそのままの角度で維持、あるいは投球方向と平行な状態程度までの回転に抑えられが、腰部は緩やかだが確実に回転することによって、着地時には腰部の方がやや開いた状態となる。その後、着地とともに腰が一気に回転するが、胸部はやや時間差をおいてから一気に回転する。このように、腰部と胸部が時間差をおいて回転することによって、脊柱周りの深部筋や腹斜筋などの体幹周りの筋群を、一旦引き伸ばしてから収縮できるようになる。これによって、ストレッチ・ショートニング・サイクルと呼ばれる素早く強い筋収縮が可能となり、投球速度に大きく貢献することになる。
 速度への貢献以外にも、投球に必要な『間』や『ため』を作ることにも貢献する。25「体幹撓り」とともに行われる体幹の動き(すなわち、体幹の長軸周りの時間差回転運動と前後屈方向の撓りを含んだ鞭のようにしなやかな体幹の動き)によって着地してからボールリリースまでに『間』を生むことになり、その後に、その『間』に不相応の速い球が投じられることで、打者はタイミングを合わせるのに苦労することになるのである。
 このような腰部と胸部を別々に動かすトレーニングとして、セパレーションがある。元々は、ダンスのレッスンで行われる胸や腰を単独で別々に動かすために行われていたものであるが、野球選手にも有効に働くものと思われる。わかりやすい例を挙げるならば、インド舞踊で身体を全く動かすことなく、頭部だけを前後左右、あるいは回転させる動きを見たことがあるであろう。その動きを頭部ではなく、胸部だけ、あるいは腰部だけで行うことをイメージすると良いだろう。ウォーミング・アップ時、あるいは投球前の準備の際に取り入れることをお勧めする。

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24.着地後の軸脚股関節の伸展外旋運動を伴う腰部の前方移動(腰入れ)

 投球中の「腰を入れる」という用語を言葉で説明することは難しい。連続写真図の⑦~⑩で観察される動作である。解剖学的用語でいうならば、軸脚の股関節の伸展および外旋運動と体幹の伸展運動を伴う腰部の前方移動という、余計に理解に苦しむ表現になってしまう。ある指導者の表現を借りるならば、「股関節は、閉じっ放しではダメ。軸足に乗った時に閉じていたものを、着地後に、一旦、一瞬開いて、すぐにまた閉じるという、サイクルが必要だ」、あるいは「みかんを2つに割る動作に似ていて、イメージ的には、おしりの部分に親指を、太ももを囲むように4本の指を当て、親指を押し込むようにしながら、お尻を半分に割るような動作」という表現から、動作をイメージして欲しい。
 私の観察するところでは、これが出来ている投手はかなり優れた投手である。大学や社会人レベルでも、出来ている人は多くはない。しかし、高校生でも出来ている投手がいないわけではない。この動作を可能とするのは、股関節回りの柔軟性と筋力の両方が備わっており、体重移動がしっかりとできていることが条件になるだろう。

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25.着地から肩関節最大外旋位にかけての体幹の伸展動作(体幹撓り)

 我々の高速度カメラを使用した動作分析の結果では、「体幹の撓り」は数ある項目の中で、最も速度と相関の高い項目であった。もちろん、体幹の撓りがあるだけで速いボールを投げられるわけではないが、必要条件の一つとして、これができなければ速いボールを投げることはできないと考えてよいだろう。全身を弓に例えると、軸足から腰を経て、肩、肘、手首までのラインで弓を最大限に引き絞った状態を作るイメージである。連続写真図の⑪~⑫付近で、骨盤はやや前傾しているものの、胸部はやや伸展(後傾)しているという状態である。もう少し詳細に述べるならば、24個ある脊椎が少しずつ伸展し、全体として大きく伸展している(撓っている)状態といえる。この前後屈方向の体幹の撓りに、23で示した体幹の捻りも加え、体幹という弓が準備状態を整えたということになる。
 この撓りを生むためには、24「腰入れ」と23「体幹捻戻」も重要な要素であり、「腰を入れ」、腰椎の下の方から順番に「捻り戻し」が行われている際に「胸部の撓り」が最も大きくなる。このため、体幹筋群の強さと柔らかさを兼ね備えた、「しなやかさ」が重要な鍵となる。

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26.ストライド期から肩関節最大外旋位にかけて腰部や胸部の〝入れ替え"や〝開き"(入替と開き)

 〝身体を(が)開く"という表現は、野球以外でも使うことがあり、比較的想像しやすい言葉であろう。しかし、初中級者や若年者には、〝身体を開くな!"という指導は、大雑把過ぎて適切な指導とは言えない。特に投球では、最終的には開かなければ速い球を投げることはできないため、「いつ」、「どれだけ」開くのかが重要なのである。この点について、正しく回答できる人はどれくらいいるのだろうか?たとえば、踏み出し足が着地した時点で腰も肩も投球方向と平行だった場合はどうだろうか?開いていないからOKなのか、これでも開き過ぎなのか、はたまたもっと開くべきなのか?
 力学的観点からすると、着地時には腰はある程度開いていることが推奨される。開いているからこそ、着地した際に地面から受ける反力を腰の回転につなげることが可能となるのである。実際の投球でも、着地時には腰は開いている。これまでの研究では、着地時で0~60°開きがあるという(Kageyamaら, 2015;Stoddenら, 2001;Wightら, 2004)。投球障害との関係でいうと、開きが早ければ障害リスクとなる関節負荷が大きいという訳ではなく、早すぎても遅すぎてもリスクは高くなり、"適度な"開き具合がよいことが報告されている(Oyamaら, 2014)。
 指導者の中には、着地時に腰は投球方向と平行であるべきだと考えている人が少なくないようであるが、それは間違いであることを認識して欲しい。
 一方で、肩は着地時には開いていない方が良い。腰と肩との間に捻りの状態を作ることにより、体幹筋群にストレッチ・ショートニング・サイクルを生む予備緊張状態を作り出すことができるとともに打者からボールや腕の見える時間を短くすることができるからである。
 〝開く"という言葉に比べ、〝入れ替え"は初心者にはわかりにくいことだろう。おそらく野球以外では使わないのではないだろうか。具体的には、「腰の入れ替えができてない」のように使われ、右打者や右投手であれば左の腰と右の腰が「入れ替わって見えるような」、素早い腰の動き、すなわち、並進運動と回転運動の組み合わせのことをいう。多くは腰について使われるが、投手の場合には肩についても使われることもある。投球にしろ、打撃にしろ、ギリギリまで腰(または肩)の回転運動を我慢し、最後の段階で一気に回転する様子を指す。イメージするならば、ペンを顔の前で横にして、両端指で抑える。片方の指(たとえば左の指)を動かないように固定した状態で、もう片方の指(右指)を左指に近づけようと力を加える。当然、ペンを摘んでいるのでその間は縮まらない。そのような力を加えた状態で左指をわずかに手前に引き、力の方向との角度をつけてやると、右指は一気に前方に移動するとともに鋭い回転を始め、その勢いでペンは指から吹っ飛んでしまうだろう。ここで例えた両指の力は、両脚の内転筋群などの働きであり、ペンは腰部を例えている。このように後ろ側から前方向に力を加えた上で、〝開く"ことによって、一気に回転運動が生じ、腰は〝入れ替わる"のである。このようなことから考えると、〝開きが早い"状態とは、後ろ側からの押しと前側の踏ん張りの両者を利かせる前に、回転を始めることと言える。したがって、"開き"が早いと"入れ替え"は生じない。

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27.着地からフォロースルーにかけての体幹の非投球腕側への側屈(体幹側屈)

 上手投げやスリークォーター投手では投球腕と反対側に体幹は傾き、サイドスローでは、ほぼ垂直か若干傾く程度。そして、アンダースローでは、投球腕側にかなり傾く。上手投げやスリークォーターの悪癖と考えられているのは、傾き過ぎることによって体幹の前屈運動が阻害される点にある。特に、19『体幹後傾』でも記したように、ストライド期に体幹が後傾し、その後ろに傾いたまま軸周りの回転することにより、側屈へとなるパターンである。
 しかし、これまでの上手投げやスリークォーターを対象とした研究では、リリース時または肩関節最大外旋位時(腕が最もしなっている時)に、投球腕と反対側への側屈が大きくなるほど、投球速度が大きくなるという結果が報告されている(Oyamaら, 2013; Solomitoら, 2015)。ただし、投球障害のリスク要因となる関節負荷も大きくなる。しかし、この結果は、上手投げの方が投球速度が高く、関節負荷が大きいと言っているにほぼ等しく(よっぽど、肘下がりの投球をしていれば話は別だが)、もう少し指導に役立つ、現実的な内容まで突っ込んで欲しいところである。この辺は、我々の今後の課題としておこう。

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28.主に着地からフォロースルーにかけての体幹前屈(体幹前屈)

 通常、踏み出し足を着地した時点で、体幹はほぼ垂直に立っている。上手投げやスリークォーターではここからリリース、そしてフォロースルーにかけて体幹の軸周りの回転とともに前屈運動が生じる。さらに言うと、27の『体幹側屈』運動も生じている。この際の軸回りの回転運動と前屈運動は、ボール速度を上げるためと関節負荷軽減のために重要な働きをしていると考えられる。さらに、ボールの切れや打者の打ち難さにも関係すると考えられ、投手には非常に重要な要素である。
 加速期に前屈運動が十分行われることによって、ボールの加速距離が長くなり、ボールにより大きなエネルギーを注ぎ込むことが可能となる。そして、加速距離が長くなる、つまりリリースポイントが前になることは、打者に近づくことになり、微々たる時間ではあるが、打者の判断時間を短縮することが可能となる。さらに、リリースポイントが前になることによって、リリース時にボールへ回転をかけやすい姿勢をつくることになる。このように、体幹の前屈運動は、投球パフォーマンスのアップに良いこと尽くめなのである。
 しかも、リリース後に引き続き前屈運動を行うことによって、ボールの加速やリリースで生じた大きな負担を、手から腕へ、腕から体幹へと、遠位から近位への逆向きの運動連鎖によって、身体各部位に分散させることが可能となる。
 余談ではあるが、超高校級と騒がれ、プロ入り後すぐに活躍したスター選手は、この加速期の体幹の使い方が極めて上手かった。プロの投手の中でもズバ抜けて投球側の肩の速度が高かったために、その原因を調べてみると、軸回りの回転速度がピークになる時刻と前屈の角速度がピークになる時刻がピッタリと一致することで、短時間で一気に速度を上げていたのである。もちろん、これは意識的にやれることではないし、この現象を本人も知らない可能性は高い。そのコツをどのように掴んだのか、どうしたら会得できるのか?それを知ったら、スーパー投手を量産できるかもしれない…

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45.バランスポジション時の両手の位置(両手基点)

 バランスポジションとは、振り上げた足の膝が最も高い位置にあり、いざ前に(投球方向に)出ようとする直前の、軸足一本で立っている状態を指し、ギャザードポジションと呼ぶこともある。このとき、投手によって手の位置はさまざまである。典型的な3つの例を挙げると、1)臍の付近、2)胸骨上縁付近、3)目や鼻付近、である。昔の日本のプロ野球では、1)や2)が多く、3)はあまり見かけなかった。一方、最近のメジャーリーグでは3)を結構見かけるし、日本でも珍しくはなくなった。この時点は、準備期にあたるので、リラックスできており、余計なところに力が入らなければ、必ずしも矯正する必要はないだろう。しかし、この位置の違いによって、悪癖へと繋がるケースは、矯正すべきである。
 たとえば、走者が1塁にいる時の左投手が、臍の付近に両手を置いていた場合、牽制球を投げる際には腕(肘)を上げる時間が余分に必要となり、速い牽制球を投げることが難しくなる。このため、肘が十分に上がる前に投げてしまったり、不要な部分に力を入れたり、腕と下半身の動きのバランスが崩れたりするケースも出てくる。
 また、肩甲骨の可動域を広げたい場合などに目や鼻の付近など比較的高い位置にする場合があるが、それによって、逆に不要な力を入れることになり、可動域を制限することに繋がるケースもある。そのため、多くの指導者は、両手で拝むような姿勢を楽に出来る場所に置くように指導する場合が多い。
 また、身体の中心線が左右いずれかに偏ってしまう投手も少なくない。特に、利き腕側に偏るケースが多く、こうすることで1)肘が後ろに引けてしまい(過度の水平外転)、投球時に肘を上げ難くする、2)体幹を捻りすぎてしまう、などの悪癖に繋がるケースが少なくない。

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46.ワインドアップ期の四肢の使い方(腕の振り下ろしと脚の振り上げ)

 ワインドアップ投法の際に、ワインドアップから振り上げ足を上げる際の腕や脚の使い方に関するカテゴリーである。日本で最もオーソドックなのは、両腕の振り下ろしと振り上げ足の上げるタイミングを一致させるやり方である。投手板に軸足を踏み替え、軸足に体重を乗せながら、振り上げ足を上げるのと同時に頭上にある両腕を振り下ろしてくる方法。日本では基本形として指導されているのは、このときに両腕を真っ直ぐに胸の前まで振り下ろし、振り上げた足を回しこまないように軸足の近くをスッと引き上げる方法である。この方法が推奨されているのは、最も無駄なく、バランスを崩しにくく、次のバランスポジション(片脚立脚位)へと移行できるからであろう。
 しかし、少年野球を見ると、実にさまざまなパターンがある。その異型パターンをみると"洗練"されていないと感じてしまうのは、日本に育ち、日本で野球を教わってきたからだろう。外国人投手を見ると、まさに日本の少年野球選手かと見間違うような、"洗練"されていない、さまざまなパターンで投げている。大リーガーでさえ、そのような選手がゴロゴロいて、そして活躍している。
 ということは、"洗練"されていると感じるのは文化の違いであって、外国人投手の多くは、子どもの頃からの"自分に合ったやり方"を続けていると考えられる。どちらがいいのかは読者に判断を委ねるが、少なくともこのカテゴリーの動きと投手として大成するかどうかは別問題であることは間違いなさそうだ。

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47.ストライド期の"割れ"に関する四肢の使い方(割れ動作)

 バランスポジション(片脚立脚位)から踏み出し足の着地までの両腕や両脚の動かし方に関するカテゴリー。同時期の右手や左足などの個別の動作に関するカテゴリーとして30『テイクバック』、39『グラブ腕挙上』、50『軸足加重』、51『軸足固定』、52『軸脚屈伸』、63『踏出動作』があるが、ここでは両手や両足の"割れ方"に関する項目を取り上げている。
 野球界では"割れ"という用語が使われるが、ここでいう"割れ"は、「膝が割れる」という場合の"割れ"とは意味は全く異なるので誤解しないようにしたい。ストライド期に使う"割れ"とは、右手(右足)と左手(左足)の距離をとる際に使われる。たとえば、「割れが小さい」という表現は、胸の張りが小さく右手(あるいは右肘)と左手(あるいは左肘)の距離が短い時や、ステップ幅が小さい時などに使われる。また、「割れ方が良くない」という表現は、両手や両足の割れ始めの位置やタイミングが悪い時などに使われる。つまり、両腕を身体の中心線付近で"割らず"に、投球腕側に引いてから"割る"、あるいは両手の"割る"タイミングと足が開きだすタイミングがずれる割れ方などが悪癖の代表例である。
 "割れ"の語源は不明だが、割り箸の割れ目のある方を下にして、その一本々々を両手でつまみ、両側に"割る"イメージに似ている。

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48.投手板へのピボット足の置き方(軸足置方)

 投手プレートへの軸足の置き方は、いろいろなタイプがあることを知っておくべきである。そして、中学、高校、プロと年齢層やレベルの違いによって、受け入れられているタイプの割合が異なってくる。
 まず、いずれの年齢層でも受け入れられている最もオーソドックスな置き方は、プレートの前面に軸足の外側をつける方法である(中学:約50%、高校:約40%、プロ:約35%)。この方法では、小指側をプレートにしっかりと付けると、腰の捻り過ぎ等による足のズレが生じにくいが、その意識がなかった場合には、足がズレるという欠点が出やすい(足のズレに関しては、51の「軸足固定」を参照のこと)。また、プレートの前の部分は、投球の繰り返しにより、深くえぐれていることがあり、それを丁寧に直さなければ、非常に投げにくく、時には動作を変えなければいけなくなる場合も生じるという欠点もある。そのようなことのないように、投球前には慌てずに足でならす習慣を身につけたい。最近は、この部分にもゴム製のプレートを置き、えぐれないようになっているマウンドもあり、この場合には、えぐれることがなく、安心して投球に専念できる。
 2つめは、親指(または拇指球)の部分のスパイクの金具をプレートの前に引っかけるという方法である。この方法は、中学や高校では約10%程度に受け入れられているが、プロになると約25%に受け入れられている。この方法の最大の利点は、スパイクの金具を引っかけているために、足がズレないことにある。一方で、軸足への力の入れ方次第では(プレートへの加重方向が後方への成分よりも下方への成分が大きい場合)、投球中に足がプレートの前のえぐれた部分に落ちることもあり、投球に支障をきたすことになる。
 また、それとは逆に、プレートの前に足を置くが、小指側だけをプレートに乗せるという方法もある。この方法は、中学で約10%、高校・プロで約20%が受け入れられている。この方法では、プレートの厚みにより足底面に傾斜がつき、投球方向に体重移動しやすくなるという特徴を持つ。これは、その時点の身体の使い方によって、長所にも短所にもなる。元々、体重移動しやすい状況なので、むしろそれを抑えるようにすることによって、しっかりと軸足に加重することを心がけたい。それが不足すると、体重移動が早過ぎ、手足の運動のバランスが崩れてしまいかねない。また、この方法は、前述したようなプレートの前がえぐれてしまっている場合には、使えないということも欠点と言えよう。
 これ以外にも、プレートの上にプレートと平行に足を置く方法、プレートの上に足を斜めに置き、親指だけではなく足先全体を前に出す方法なども少数ながら受け入れられている。
 上記のことを考えると、足の置き方は誰でも一律に同じことを指導するよりは、個人の特性によって変えるべき項目と考えている。軸足の向きによって、ある程度、踏出足の着地の方向が決まってくるので、股関節などの身体の柔らかさを考慮しながら、斜めに置くのか平行に置くのかを決めるべきであろう。また、いずれのタイプを採用するにせよ、足を上げ、腰を捻った際に足がブレないような足の置き方をするとともに、しっかりとバランスを保てる置き方が重要であろう。

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49.主に振り上げ期からストライド期にかけてのピボット脚の絞り(軸脚絞り)

 この項目は、バランスポジション付近からストライド前半(連続写真の図②~④)にかけての軸脚の絞り(捻り:股関節内外旋)に関する指導項目である。つまり、足を上げた際に、軸脚は絞るべきか否か、という点である。元プロ投手や中学・高校の指導者のほとんど(約8割)は、外に向くことに反対で、真っ直ぐまたはやや内側に絞ることを推奨している。しかし一方で、一部には(約1割)外に向いた方が良いという意見を持っている人もいる。
 内に絞ることの利点は、この時点から、あらかじめ、内側に絞る筋肉群(股関節内旋筋群や屈曲筋群)を収縮させることによって、腰部の回旋(腰の開き)が早くなることを抑え働きがあるものと考えられる。
 外に向くことに賛成する者の意見としては、「外に向いた方が力を発揮しやすい気がする」という点が挙げられたが、その真偽についは不明である。
 膝がどちらの方向(内、真っ直ぐ、外)を向いていたら良いのかついては、今のところ、十分な実証データがなく、今後の研究課題と言える。

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50.主にバランスポジションからストライド期のピボット足への加重(軸足加重)

 軸足への加重の重要性については、改めて述べる必要もないと思うので、ここでは加重開始のタイミングについて考えてみたい。どの時点から加重を始めるのか?セットポジションのクイック投法で投げる場合は別として、連続写真の図であれば、②~④の間にあることに異論はないだろう。では、足を上げている過程なのか、足を上げきったバランスポジションなのか、あるいはそこから前に出る瞬間からでいいのか?最終的には、前に出る瞬間から加重できれば問題ないはずで、元プロ投手や中学・高校の指導経験の豊富な指導者の6~7割が、その意見を受け入れている。一方、指導経験の浅い指導者ではその割合が5~6割程度と減少する。
 身体が動いてからでは、投手自身にとっても指導者にとっても、しっかりと加重できているのか、あるいは安定して(バラツキのないように)加重できているのかを確認しづらいために、その前の段階で加重するように指導する場合がでてくるのであろう。
 逆に、ストライド前半で軸足に加重できていないと判断した場合などには、バランスポジションの時から、あるいは足を上げる段階から軸足に加重するように指導することによって、ストライドの最初の段階から加重できるようにすべきと思われる。
 次に、そのタイミングでどの程度加重したら良いのか、という点についてであるが、この軸足への加重の程度は、結果として、膝や腰の屈曲・伸展動作として現われる(52の「軸膝屈伸」参照)。つまり、一気に加重を高め、プレートを“強く蹴る”ような意識があると、膝を深く曲げ、そしてその反動を利用して膝が伸展するという動作となる。一方、加重を継続的に強め、“押し続ける”という意識があると、ある程度、屈曲と伸展のサイクルは緩やかに行われる。これらのどちらが良いのかは、どうも年齢等による筋力差などによって異なる可能性がある。詳細については、52の「軸膝屈伸」を参照のこと。

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51.主にバランスポジションからストライド期前半のピボット足の固定(軸足固定)

 軸足を投手プレートに置き、足を上げる。そして、腰の捻りを伴いながら、投球方向への移動を開始する。この過程において、軸足(特に踵)がズレるケースが良く見られる。原因は、上体や腰を捻り過ぎてしまうことにある。上体や腰を捻ることは、軸脚や体幹に捻りの弾性エネルギーを貯め、次に迎えるフォワードスイングをより速く行うようにするためのものであるが、捻り過ぎて軸足がズレてしまうと、その効果は半減あるいは解消してしまう。そして、エネルギーをあまり蓄えていない身体が、投球方向とはズレた方向を向いた状態で、残される。結局、それが原因でインステップになってしまうケースが少なくない。
 この軸足の固定に関しては、元プロ投手や中学・高校指導者へのアンケート調査で、高い比率(75%~97%)で絶対に避けるべき項目の一つとして、挙げられている。文面でみると、それは当然だと思う人が多いことと思われるが、実際の現場では、選手達の踵がズレているにもかかわらず、それに気付かずに見過ごしてしまっているケースが少なくない。最重要指導項目として、気を付けていただきたい。

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52.主にバランスポジションからストライド期前半のピボット脚の膝の屈伸運動(軸膝屈伸)

 この項目は、50の「軸足加重」と多分に関連する項目である。バランスポジションからストライドに移行する際には、軸脚の膝は多かれ少なかれ屈曲・伸展動作を行う。バランスポジション時に軸足に強く加重しようとすると、膝の屈曲動作は大きくなり、さらにプレートを“強く蹴る”意識があると、軸脚の伸展動作が大きいストライドとなる。一方、“押し続ける”あるいは“できるだけ長い時間押す”ことを意識すると、この屈曲と伸展の可動域や膝関節運動の速度は抑えられる。
 このどちらのタイプがよいのかは、年齢層によって異なる可能性がある。中学・高校の指導者や元プロ投手へのアンケート調査によると、若い年齢層を指導するほど、プレートを“強く蹴る”ことによって一気に加重することを推奨する傾向にある(中学:約60%、高校:約45%、プロ:約40%)。そして、より指導経験を積んでいたり、投手経験を積んでいたりする人ほど、プレートを“強く蹴る”ことを反対する比率は高くなる。
 バランスポジションから着地までのストライド中、軸足でプレートを継続的に押しながらバランスを保てるぐらいに筋力がある投手では、“強く蹴る”ことは欠点となる可能性がある。強く蹴ることによって、継続的に力を発揮できなくなり、体重移動が不十分になったり、腰や肩の開きが早くなる可能性がある。
 一方、強く蹴らずに、“継続的に押す”ことの欠点は、踏出足の着地後に、踏出足の十分な牽引力と軸脚の引付動作が伴わなければ、体重を移動し切れずに、後ろに残ってしまう危険性があることだ。したがって、脚力の十分に発達していない中学生などでは、逆に“継続的に押す”ことが欠点となり、“強く蹴る”ことによって体重移動を行う方が良いケースが出てくるものと考えられる。

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