投球時における肘内反トルクの力学的な生成メカニズムの解明:肘関節屈曲角度に着目して
この研究は、肘障害の原因の1つである投球時における肘関節へのストレスが発生するメカニズムを力学的な観点から明らかにすることを目的として、大阪大学医学系研究科の研究倫理審査委員会の承認のもとに、実施されています。身体各部へ反射マーカーを貼付し、モーション・キャプチャー・システムを用いて、投球動作を撮影し、解析を行います。
得られた位置座標から身体の動きや関節に加わるストレスなどを計算し、肘関節角度が関節トルクに与える影響について検討します。対象は、1年以内に肩や肘の手術歴がなく、投球時に痛みのない18歳以上の健康な野球投手です。詳細については、下のリンク先をご覧ください。
論文紹介
ここでは、関係する研究の紹介をします。必ずしも当研究室メンバーの論文紹介ではありません。今回紹介する論文は、
- タイトル:Radio-ulnar joint supinates around ball release during baseball fastball pitching.
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(野球の速球を投球中のボールリリース付近では、橈尺関節は回外する)
- 掲載雑誌:
- Sports Biomechanics, 15-2, 220-233, 2016
- 著 者 :
- Tomoyuki Matsuo, Tsutomu Jinji, Daisaku Hirayama, Daiki Nasu, Hiroki Ozaki
- 背 景 :
- ここ10~20年で、投球のリリース付近では回内運動(前腕の長軸回りの運動で、右利きの場合には自分の腕を見て反時計回りに回転する方向の運動)が生じているということが一般に定着しつつある。動作分析研究では、それを支持する実験結果も幾つか報告されている。しかし一方で、それに反して回外しているという実験結果も幾つか報告されている。
- 目 的 :
- 上記のように矛盾した結果が生じているのは何故なのか?回外しているとすれば、その原因は、ボールを加速するための力の反作用が生じているからなのか、あるいは速いボールを正確に投げるために必要だったからなのか、を明らかにする。
- 方 法 :
- 20名の社会人野球投手が室内マウンドから投球する動作を毎秒1000コマで撮影できるカメラ16台を用いて撮影し、その動作を分析した。
- 主な結果:
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・その大きさや時間的な長さに関わらず、すべての投手の橈尺関節(前腕)はリリース付近で回外していた。
・回外運動と、リリース時の肩関節水平外転角度や内旋角度と正の相関関係にあり、回外の可動域は肩関節内旋角速度と、
最大回外位の出現時刻は肩関節内旋最大角速度の出現時刻と正の相関関係にあった。
・橈尺関節の機械的仕事は、正負の符号の違いも含め、個人差が大きく被験者間で何ら共通に言えることはなかった。
・これらの結果は、前腕の回外運動は、速いボールを正確に投げるための調整作用として、必然的に生じるものであることが示唆された。
コメント
上記を喩えて言うならば、車のドライビング・テクニックの一つである「カウンター・ステア」あるいは「逆ハン」と同じ作用を回外運動が行っていたということである。カウンター・ステアとは、車の速度と車の向き、そして路面の摩擦との関係で後輪がドリフト(横ズレ)し、あるいは意図的にドリフトさせた際に、カーブの方向と車に対するステアリングの向きが逆方向になることを指す。これによってスピンを防ぎながら、カーブを高速で抜けることが可能になる。投球においても、投球速度を上げるための肩関節の動きによって、手の向きが目標と異なる方向になっている分を修正するための自動制御ステアリング機構として回外運動が行われているのである。